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へぼランナーが湘南国際マラソンをなんとか完走した戦略

※この記事は湘南国際マラソンでマラソンデビュー!」かつ「とにかく制限時間ギリギリでゴールできればいい」「練習も割とサボりがちで、本番が近づいてしまった」みたいな人向けです。

 

ラソン4ヶ月前に初めて走り始め、それも練習をサボりがちなへぼランナーでしたが、湘南国際マラソンをなんとか完走しました。

関門をなんとか通過し、制限時間内にゴールするのが何よりの目標でしたが、4時間で走破!みたいな記事ばかりで、6時間でなんとか。。。みたいな記事や動画はごくわずか。

一歩間違えれば途中でリタイアでしたが、汎用性が高そうな戦略のおかげで完走できた気がするので、久々にブログを書くことにしました。

 

突然の思いつきと大会までの練習量

7月末にあった資格試験の勉強で悶々としすぎて、咄嗟の思いつきで湘南国際マラソンにエントリーしました。30代半ば、フルマラソンは初どころか7月までは全く走っていませんでした。

8月。資格試験が終わり、最初のランは8分/kmで2.5kmで疲労困憊。走り始めでモチベーションは高かったですが、それでも週2回くらいのラン。8月下旬にようやく8分/kmで5kmを走れるレベルでした。

9月。まだなんとかやる気は保てていましたが、せいぜい週2回のラン。ボロボロになりながら7分/kmで10km走れるようになり、少し成長を感じました。月間走行距離60km。フルマラソンの完走には100km/月とどこかに書いてありました。。。

10月。理由をつけて走らなくなりました。ウェアやランニングウォッチ(COROS→オススメです)を買って、なんとかモチベーションの種火を保ちました。それでも練習は月6回。毎回10km以上走りましたが、同じランニングコースにも飽きていました。月間走行距離66km。最長ランは7分/kmで14kmでした。

11月。レース前なのにひどいものでした。前半は風邪を言い訳に2週間走らず、後半はレース前だからとろくに走りませんでした。中旬に1度ハーフ走をやりましたが、7分/kmで走っていたら15kmから脚が痛くなり、最後はほぼ歩いていて、2時間40分。それ以外は5km以上は一度も走らず、月間走行距離40km。終わってます。家族も呆れていました。

徹底的な戦略と装備に逃げることに

11月になると「流石にこのままでは完走できないかもしれない」「色んな人に走ると言ってしまった」という焦りが湧いてきましたが、今さら練習量は増やせません。

練習がゼロなわけではないし、どうにか戦略や装備を極めれば完走できるのではないか!と思う(逃げる)ようになりました。走るのは嫌でしたが、戦略を練るのはとても楽しかったです。

しかし、サブ4を目指す人向けのブログや動画は山ほどありましたが、なんとか関門を切り抜け、6時間くらいで完走を目指す人向けの情報源はわずかでした。練習不足なのがよくないのですが。

数少ないながらも参考にさせていただいたのは下記の3つでしたので、ご紹介します。4つ目がこのブログになれると良いのですが。

www.henatan.com

www.youtube.com

www.youtube.com

当日の戦略

chatGPT(間違ってたりもします)にも相談しましたが、以下が完走のための重要ポイントだと判断しました。

  • 第7、8関門が鬼門!!
  • 前半の飛ばし過ぎは絶対にダメ!!
  • トイレは行っても1回、しかも短時間で!!

最終的に当日は下記の表に従うことに決めました。

①第7、8関門を通過する目標タイムの設定

関門を切り抜けていけば制限時間内にはゴールに辿り着けますので、それをなんとか通過できる時間からペースを逆算することにしました。

何より第7関門(35km)、第8関門(37.1km)が鬼門で、それまでの関門に比べて時間がタイトなのがわかります。第7関門から第8関門の間は2.1kmですが、関門間の時間は16分しかなく第7関門がギリギリの通過だと、第8関門はほぼ間に合いません。逆にここを超えてしまえば、時間的にはだいぶ余裕が出てきます。

第7関門を通過できれば、第8関門までは気合いでいけるはずだと踏み、ペース通りにいかないことやトイレ時間などのバッファも含めて、第7関門(35km)をできれば14:00、遅くても14:05に通過することを目標としました。

②ペース配分

第7関門の目標時間をクリアする上で序盤に貯金を作るか、一定のペースで走るか、色々な作戦があります。ハーフ走をした時に6分45秒/kmで走り、15km以降が地獄のように辛かった経験もあり、序盤はとにかくゆっくり走る=制限時間をクリアできる最低のペースで走ることに決めました。

加えて、その際に参考にしたのは前回大会の確報記録でした。全ランナーの10km/20km/30km/40km/ゴール通過のネットタイムが掲載されています。

6時間前後でゴールしたランナーの時間を見ていると、①20km前後で明らかに失速(前半20kmは6分半/km、後半20kmは9-10分/km)→失速後は相当辛かったんだろうなと予測がつく、②ほぼイーブンペース→脚力しっかりしてそうで追随難しそう、③序盤はスローペースで後半もペースは落ちつつもある程度はキープ(前半20kmは7分-7分半/km、後半20kmは8分半-9分)の3つのパターンに大別される印象で、③のパターンが自分には向いてそうだなと感じました。

www.shonan-kokusai.jp

③最低でも第5関門(21.9km)、できれば25kmまでは頑張る

練習量の低さからペースを落としても20kmすぎには足が鉛のように重くなるのがわかっていて、それ以降はなんとかゆっくりジョグと歩きを繰り返す展開になることは読めていましたし、ハーフ練習の経験から辛い状態でペースを上げるのはほぼ不可能だと思っていました。

つまり、少なくとも第5関門(21.9km)、できれば25kmまで想定ペース通りに走るのが超重要で、そこまでで大きく遅れを取ると挽回は難しいということでした。

ペースが落ちてからは9分/km(400mを8分半/kmで走り、100mを11分/kmで歩く計算)と仮定し、25kmを12:30〜12:35に通過しなければならないことが分かりました。

④序盤のペース設定

20km以降は未知だったので、20〜25kmは8分半/kmと想定し、20kmを11:50〜11:55に通過する目標としました。

後方からのスタートなので9:20ごろのスタートを想定し、最初の20kmを7分半〜45秒/kmで走ることが決まりました。逆算的に決まったペースですが、なんだか無難に思えてきました。

後方からのスタートでも周りは6分台で走っているようでしたが、そのペースに合わせていたら後半どころか20kmまでも持たないと思い、「自分は自分」と割り切ることをこの時から念頭に置いていました。

⑤トイレ戦略

スタート直前にトイレに行くのはもちろんですが、スタート前に冷えてトイレに行きたくなるだろうなと思っていました。

出走の待機列に遅れないレベルだけど直前にトイレに行く(自分のグループの出走に遅れてしまうと、その分関門までの時間は短くなる)こと、どこのトイレが空いているのかというのが大きな鍵でした。

これに関しては事前に有用な情報が集められず、当日の雰囲気を見て決めることにしつつ、ペース配分を鑑みるにレース中にトイレでロスできる時間は5分と判断し、その時間で済ませられるトイレに駆け込む想定をしていました。

どうしても漏れそうになり大混雑のトイレにいく事態や腹痛が起きれば、途中でリタイアすることを覚悟していました。

当日の装備

あとは大事なのが当日の装備です。

大会公式にボトルに加えて、エナジージェル 4個(8,16,24,32kmで摂取)、痛み止め(ロキソニン→マラソン中の内服はリスクもある)、芍薬甘草湯、下痢止め(シート状で舌の上で溶かすロペラミド)、キズパワーパッドも持つことにしました。

ボーチやバッグパックも検討しましたが、全てを入ることを確認してNORTH FACEのエンデュリスレーシングショーツのみで走ることとしました。

また、先述のペース表をセブンイレブンで写真印刷(2分割)し、持参しました。

ちなみにシューズは安定のゲルカヤノ、ランニングタイツはCW-Xのジェネレーターモデルを使用しました。

実際どうだったか

実際のペースは下記のような結果でした。

①思ったよりも早めに待機列が動き始めた

8:40ごろにトイレを済ませ(10分ほど並びました)、8:45ごろに待機列に並ぼうとすると動き始めるところでした。自らの出走グループの中間あたり?だったと思うのですが、ここで出遅れるとそれだけ関門までの時間が近づいてしまいます。

かといって10分早く並んでいたら、寒さのあたりレース前半で尿意を抑えきれず、混んでいるトイレに並ぶことになった可能性も高く、ちょうどいい時間だったように思います。

②走り始めのペース

「自分のペース、自分のペース」と7分半/kmで走りました。どんどん追い抜かれていきましたが、不思議とあまり気になりませんでした。4時間後半から6時間くらいまで様々なタイムのランナーが混在している印象でした。

ふと気を抜くと、周りのランナーに引きずられ、6分半〜7分前後で走りかけており、セーブしながらの展開でした。

呼吸も全く苦しくないペースで、走り始めにある脚の違和感は多少ありましたが、大勢のランナーや沿道の応援?ヤジ?(スタート早々に「もうすぐゴールだよ!とかラストスパート!みたいなヤジは面白かった)などマラソン大会特有の雰囲気を楽しみながら序盤を走ることができました。

③尿意

5km時点で多少の尿意がありました。我慢できるレベルでしたが、中盤までには行きたいのと、尿意を我慢しながらのランは嫌だったので空いているトイレがあれば行こう。という感じでした。

10kmくらいで比較的空いてそうなトイレがあったので行こうとしましたが、誘導員の方が「あと少し行くと大きいトイレがあるから」と言われました。少し進んだもののそちらのトイレは数は多いものの列は長く、しばらくトイレを諦めることにしました。

折り返し地点までのトイレは大体混雑していて、10分程度のロスはしそうな印象でしたが、20km手前で空いているトイレを見つけました。脚が重くなり始めたタイミングだったので、脚を止めるのが憚られましたが、ここを逃したらまた混んでいるかもしれないと思い、20km手前の地点のトイレを利用しました。3分程度のロスに抑えることができてよかったですが、やはり脚は重くなり、疲労との戦いを覚悟した瞬間でした。

結果的には20km以降のトイレは比較的空いていましたので、ランに支障がない程度の尿意であれば、折り返し以降でトイレに行くのが良さそうでした。

早めに待機列に並んでいたらスタートは早くても、前半の混んでいるトイレで用を済ませることになり、結果的には時間ロスになっていた可能性が高かったです。

疲労の感じはじめ

5km、15kmあたりでよくある脚の違和感がありましたが、普段のランよりも1分/km近くゆっくりのペースだったこともあり、20kmあたりまでは爽快な気分で走ることができました。

しかし当初の想定通り、20kmのトイレ休憩後から脚が重くなり、21.9kmにある第5関門を過ぎた途端に一気に疲労感が押し寄せました。

ちなみにchatGPTにこれまでのランデータを提供した時に、初めの20kmを7分30秒〜45秒で走ると22-23kmまでは足が持つと言っていたので、結果的に正しくて驚きました。

実際に折り返しあたりから少しずつ歩く人も見られ、23kmあたりでは歩く人も増えてきたこともあり、自分も歩きも交えながらのレースになりましたが、20km地点を想定通りの11:50までには通過できていたので、35kmにある第7関門まで9分/kmで進めば大丈夫という心理的余裕がありました。この時は未知の距離を甘く見ていました。

⑤24kmから30kmがとにかく辛い!!9分/kmを舐めていた。。

24km〜30kmがとにかく辛かったです。何度途中で止めようかと思ったことか。

レース前には歩いて、ゆっくり走っての繰り返しでも9分/kmなら大丈夫だろうと踏んでいたのですが、甘かったです。歩くペースもゆっくりで、9分前半/kmを維持するのがようやくでした。関門までの10kmが遥か先に感じ、しかも徐々に辛くなっていくのが分かっていたので絶望的な気持ちになりました。

しかも24kmあたりからは軽い上りなのですが、軽い上りには見えない状態でした。

弱い自分の心の声を無視して、なんとかペースを保つ。同じようなペースの人を見つけなんとかついていく、長く歩きたくなる気持ちはあっても歩く距離や時間を決めて、また走り出すの繰り返しでした。

9分/kmなら大丈夫と思っていた自分でしたが、そんなことは全くない。とはいえ、9分/kmより予測ペースは下げないことをおすすめします。

⑥一番苦しい区間でしてよかったこと
  • 歩き始めに歩く時間や距離を決める(そうしないと走れなくなる)
  • 歩きからの走り始めは辛いが50mくらい進むと脚は慣れてくる(途中から身体もそれが分かってくる)
  • エイドは取らなくても飲水やジェルはしっかり取る(エイドを食べる余裕はなかった)
  • 毎回ちょっとだけ余計に走る(信号や標識1つ分多く走る、ランニングウォッチで100-200m多く走る)
  • 湘南大橋(29km付近)、西湘バイパス入口(34km付近)の坂道は割り切って歩く

特に最後の2つが大事でした。毎回何かを目印に少しだけ長く走ると、貯金ができてきて、少しずつ楽になってきます。また、2箇所の上り坂は相当摩耗した状態で走ってもさらに摩耗するだけなので、余裕があればご褒美とばかりに歩くことをおすすめします。逆にその2つの坂道は手前まで頑張って走るのがおすすめです。

騙し騙しもう1サイクル、もう1サイクルと繰り返していると、30kmくらいになってきました。不思議なことで、歩いて走っての繰り返しに心身が慣れてくる上に、35kmの関門通過とそのタイムが見えてくる=完走が見えてくるので気分が少しずつ明るくなってきて、残り10kmくらいか。。。と感慨深い気持ちさえも出てきました。

⑦第7関門を無事に通過できる算段がつき、あれよあれよと鬼門を通過

湘南大橋を渡り終わる32km頃には、西湘バイパス入口を歩いても第7関門を制限時間までに通過できる算段が見えてきて、一気に気分が持ち直してきます。きっとランナーズハイの前兆だったのでしょう。

辛い気分はすっかり薄まり、あれよあれよと第7関門(35km)を通過し、西湘バイパスでは、湘南大橋では感じれなかった景色の綺麗さを感じながら第8関門(37.1km)を通過しました。第7関門を通過した時にはおおお!という気分になり、第8関門を通過した時はゴールした瞬間よりも嬉しいくらいでした。

⑧ラスト5km。今までの疲労感はどこへいったのか

レース前は第8関門を通過した後はだいぶ余裕があるので、感傷に浸りながら10分/kmで進む予定でしたし、実際に多くのランナーは歩いていました。

しかしながら、ランナーズハイなのか、足も軽く、歩いていられないくらいに気分が高揚しており、知らず知らずのうちに気持ちよく走り出していました。たまに歩いていましたが、タイムも気にせず歩く人の間を縫うように走り、7分/kmくらいで走っていました。たった1時間前までエントリーしたことを悔やみ、逃げたい気持ちで一杯だったのに、「なんてマラソンって良いのだろう」などと思いながら走っていたのだから不思議なものです。そんなこんなで無事に5時間46分でゴールしました。

⑨ペース配分

最後は余力があったのかというと、途中に本当に辛かったのでそんなことはなかったと思います。

前半を7分半/km、後半を9分/kmというペースは完走するには良かったです。むしろペースを上げていたら潰れていた可能性が上がっていたと思いますし、トイレなど不測の事態があって関門の時間が迫ってもペースアップする余裕は皆無になっていたと思います。

何より初マラソンということで、欲を出さずに実直に完走を目指したことで、次も走ってみたい。次は5時間半を切りたい。といったようなことも少しだけ思えたので良かったです。

その他

他に走ってみて分かったこと、気づいたことをシェアしたいと思います。

①関門の「約○○km」は本当に「約」

第7関門は「約35km」となっていましたが、おそらく35.3kmあたりだったように思います。関門ギリギリの人にとって300mは数分かかる距離で大きな差です。要注意。

②誘導員さんの言うことは正しくないことも多い

レース序盤で「次のトイレは大きくて空いてる」と言われたのにさらに混んでたことや関門前で「残り○km、あと何分」と言われましたがズレてる(複数回)などのことがありました。トイレはなんとも言えませんが、関門までの距離と時間は自分を信じましょう。

誘導員の方からすると、2.6km≒3kmなのかもしれませんが、関門ギリギリのランナーにとっては2.6km=2.6kmです。

③グリコのCCDドリンクを水で半分に薄めて飲むのが良かった

スタートから水をボトルに入れてたのですが、水に飽きてしまい、給水所でグリコのCCDドリンクを飲みました。自分の経験上、スポーツドリンクは味が濃いめでお腹を壊したりするので、水で薄めて飲みましたがちょうど良かったです。味も美味しく、帰宅してから注文してしまいました。

④エンデュリスレーシングショーツの使い勝手

ボトルやジェル、常備薬などを全部入れても自分のペースでは走りにくいなどもなく、何か落ちそうになることもなく、大変便利でした。

強いていえば、ボトルが腰に当たってたところが少し痛かったくらいですが、走るのに支障をきたすレベルではありませんでした。ボトルへの給水は250-300mlくらいが良さそうに思えました。

⑤エイドは売り切れが多数だった

14kmの不二家のチョコ、19kmのジェル、33kmの楽しみにしていた湘南銘菓はもう残っていませんでした。

24kmのういろうは楽しみにしていたのですが、ヘロヘロで食べる元気がありませんでした。序盤のハニードーナツ、28kmのMANABARは美味しく元気になりました。

⑥常備薬

ラソン中に薬剤を使うことに関するリスクなどは各自の責任になるので積極的な推奨はできません。

その上では自分は、24〜30kmあたりで脛が攣りそうな感じに芍薬甘草湯、右膝の痛みに鎮痛薬、お腹が一瞬緩いかも?との不安に下痢止めを使いました。

効果はあったように感じましたが、それ以上に辛い折れそうな心を少しだけ持たせてくれる影響の方が大きかったように思います。

⑦沿道やボランティアの方の応援

人に応援してもらった状況で初めて走りましたが、本当にこれがありがたい。折れそうな心が少し持ち直す連続でした。本当にありがとうございました。

 

最後に

今回走って思ったことを思うがままに書いてしまいました。情報提供というより日記みたいなものです。

ただ自分のような完走ギリギリのランナーにとっては、少しの情報や選択が関門を通過できるかどうかの数分を左右するのですが、いかんせんその情報がほとんどなかったので、その足しになればと思っています。駄文失礼しました。

 

現地まで行ったサポがアジアカップをじっくり振り返る

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昨日、失意のアジアカップから帰国しました。と思ったらアギーレが解任されてました。

 
さて、ほぼ予想していなかった敗戦のショックで抜け殻のような状態でしたが、今回のアジアカップは真夏のオーストラリア開催ということが功を奏して、青空の下、ビーチでのんびりしながらエネルギーを満たすことが出来ました。
 
日本に帰国して思ったことがあります。個人的には「シドニーの悲劇」として正面から捉え、前に進むべき敗戦でもあったにも関わらず、嫌なことは都合よく忘れるかのごとく、アジアカップのことが話題になっていないように思えます。
「サポーターはどんな状況でも勝利を信じて、選手と戦うべきだ!」という意見もありそうですが、UAE戦に主眼を置いたアジアカップ、そして今後の日本代表について冷静に考えてみたいと思います。
 

UAE戦に勝てなかった理由

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多くの論者が様々な角度からこの論点について語っていますし、どの結論もその影響の大小は違えど、個人攻撃をしているもの以外はどれも間違いではないと思っています。
 
それらを留意した上で、個人的には2つの理由があると思います。
  1. チームの総合力を活かせなかった
  2. 研究された弱点を見事に突かれた
それぞれを深掘りする前に、あくまでも結果論であること、そしてサッカーにおいて負ける理由は「自分たちが本来の力を出せなかった」「自分たちより相手が優れていた」のどちらかであるという認識に立っていることを共有させてください。
 
まず、1つ目の「チームの実質的な総合力が低かった」です。
スタメンの固定だけでなく、交代選手の起用も限られていました。
短い期間に多くの試合をするトーナメントにおいては、疲労、怪我、相手の特徴、試合展開によるギャンブル的な采配など考慮することが多い故にチームの総合力が大事だと思っています。
 
また、メンバーの固定は安定をもたらす反面で、連戦による疲労による怪我やパフォーマンスの低下をもたらすだけでなく、相手にとって対策の練りやすいチームとなってしまいます。
結果的に長友、岡崎の負傷という形でに現れましたが、両選手はグループリーグ最終節のヨルダン戦でも動きが明らかに重かったこともあり、偶然の怪我とは言えないはずです。
実際にスタメンの11人に加えて、清武、武藤、柴崎、豊田、今野といった交代メンバー以外は信頼を得られていなかったように思えます。
とあるライターの方と話していたことなのですが、アウェイでメンバーを落として戦ったシンガポール遠征でのブラジルとの試合内容を見て信頼しきれなかったのでしょう。
 
比較的若いメンバーで臨んだオーストラリアや韓国とは異なり、日本は結果を求めていたこともこれに拍車を掛けたのだと思います。
こうした観点を見ると、主力はアジアで有数の強さですが、トーナメントで必要な総合力があったとは言えないでしょう。
 
 
次に、2つ目の「研究された弱点を見事に突かれた」です。
UAEが突いてきた日本の弱点は「サイドバックが上がって出来たスペースを埋める際のスライドにおける連携の難」です。
 
原則として、片方のサイドバックが上がった場合、近いほうのセンターバックが空いたスペースを埋め、もう一人のセンターバックと逆サイドのサイドバックがスライドすることでスペースを埋めつつ、相手のマークがズレないように受け渡しをします。
失点のシーンでは長友が空いたスペースを森重が埋め、吉田と酒井が左にスライドするところまでは原則通りでしたが、2つのミスがありました。
それは相手選手が前を向いてボールを蹴れる状態であるにも関わらず森重が前に動いてしまったこと、吉田が森重のカバーに入るのか中央のマーカーに付くのか曖昧な判断をしてしまったことです。
本来であれば、ボールホルダーへのアプローチが曖昧になっていたため裏を取られるリスクをなくすために森重は左にズレるだけで良かったし、吉田は中央のマーカーを酒井に任せて森重のカバーに行くべきでした。
これは結構微妙なジャッジが求められるため両センターバックの問題とするのではあまり意味がありません。むしろ失点の前にも2本ほどスライドが上手くできていなかったミスを突かれていたのにも関わらず、修正できていなかったことのほうが問題です。
 
一方の日本代表は相手のキーパーソンであるアブドゥラフマンに対するケアが漫然としていました。
ゲームの入りでは近くの人がしっかりと見つつ、試合の中でどのように抑えるかを決めるつもりだったのかもしれませんが、これは曖昧で対策とは言えません。
その曖昧さが、失点シーンのパスの出し手に対するアプローチの甘さを招いたとも言えます。
UAEは対策がハマっても押される試合展開になると考えていたと思いますが、日本がドタバタしている時間帯に弱点を突き、ひたすら耐えるという勝利の方程式がハマった形になりました。
 
また、PK戦での相手の落ち着きを見るに、PK戦に持ちこんで勝つというシナリオをイメージしていたのは明確でした。
 
決定力不足は?という方もいらっしゃると思いますし、この試合で数多の決定機を外したのは事実で「決めなければ勝てない」というサッカーの本質を『改めて』痛感しました。
しかしながら、『改めて』を強調したようにシュートの雨を浴びせても勝てないことは多々ありますし、逆にシュートの雨を浴びせられても勝つこともあります。
 

UAE戦に勝ったとしても優勝は難しかった

UAE戦に勝てたら優勝出来たんじゃないか。そんな錯覚に陥っているような気がしてなりません。
しかしながら、UAE戦に勝利していたとしても、その後の戦いは極めて厳しいものだったと予想できます。
というのも、対戦相手がオーストラリア、韓国とレベルが高くなっていき新しい選手を使うリスクを取りづらくなる一方で、固定メンバーが故の疲労の蓄積があったり、疲労による怪我人が出てくることでパフォーマンスが下がると考えられるからです。
 
やはりトーナメントでは自分たちがどこを勝ち進むのかを踏まえた上で、選手起用やそのサイクルを考える必要があります。
一方で、ヨルダン戦でメンバーを落とし、予選敗退になって可能性もあるので、そのさじ加減が監督やコーチ陣の腕の見せ所です。
 

アジアにおける立ち位置を意識した2018年に向けたチーム作り

こんなことを論じても、アギーレが解任になったことで代表の方向性が変わるのでは?という方もいらっしゃると思います。
しかしながら、個人的にはそこまでのチーム構築は進んでいないし、ベンチマークとしていたアジアカップが終わってから大きく作っていこうとしていたのではないかと考えています。
 
この手の議論をすると、「ワールドカップベスト8を見据えるべきだ!」というような意見を聞くことがありますが、個人的にはまずはアジア予選を勝ち抜くことを主眼とすべきだと思っています。
 
というのも、理由はこれから述べますが、アジアで堂々としていられる位置にいるとは思えないからです。(アジアカップの結果を受けての主張ではない)
 

チーム戦術や連携面を高めるということも重要ですが、代表はクラブと比べて一緒に練習する時間が短いこともあり、個々の力を高めることのほうが重要だと感じています。(確かにチーム戦術がハマる場合もありますが、戦術をコマに合わせている場合もあります。)

 
オーストラリアと韓国は比較的若いメンバーでアジアカップを臨みました。
何より若いメンバーは伸びしろが大きく、個々人のレベルアップが期待できますし、若いチームが死闘を経験したことでチーム全体がレベルアップしたと思います。
 
一方の日本は20代後半の選手も多く、次のワールドカップならびに予選を戦う上で、そこまでの伸びしろは期待できません。
 
こうしたことを考えても、ウカウカしていられる余裕はありませんし、中国や中東の国内リーグがめきめきと力を付けていることも拍車を掛けています。
こうした現実踏まえ、確度の高い若手の登用を行ってもらいたいなと思っています。
簡単に言うと、武藤や柴崎のようにリーグでも結果を残し、代表でもやっていけそうだと多くの選手が思う選手の登用です。
パッと思いつくのは、ガンバの宇佐美、FC東京の米本、湘南の遠藤、鹿島の昌子などを招集し、辛抱強く使い続けることで、風格が身についてくると思っています。
 
そのためにはリーグ戦にしっかりとコーチ陣を送り、多く正しくスカウティングすることが大事になってきますし、代表強化にウルトラCはありません。
 また、海外組は過密日程、長距離移動が大変なので、国内リーグで結果を残してもらうためにもしばらくお休みでもいい気がしています。
 

おまけ)わざわざ海外に応援しに行くことについて

長々と語ってしまいましたが、異国へと足を運び、独特の雰囲気のなかで愛国心を感じ、負けたら終わりの試合を声を枯らして応援する経験はこれまで味わったことのない気持ち良さがありました。
 
Jリーグのゴール裏で感じるチーム愛、国内での代表戦のお祭り感覚とは異なるものでした。
 
また、個人的には記事を拝読させていただいているライターの河治さん、村上アシシさん、原田さん、宇都宮さんなどとお会いし、アジアカップや日本代表について議論できたのはとてもよかったです。
 
このように試合はもちろんのこと、現地でのサポーターの交流も素敵な経験で、またリベンジしたいと思っています。

杉村太蔵というサムライ

尊敬する人は誰か?と聞かれると

杉村太蔵さん」

と答える。冗談だと思われることがほとんどだけど、本当だったりする。

 

直近の総選挙にて自民党からおバカ議員が当選し「杉村太蔵の再来だ!」といったコメントをSNSでよく目にしたが、尊敬する人物が何も理解されずに笑いのネタになってしまうのは悲しいので、敢えてあのキャラクターで立ち回っているという弁明の意も込めて杉村さんについて書いてみたい。

 

杉村太蔵さんとの出会い

杉村太蔵さんとの出会いは数年前のこと。

当時学生だった自分は某キー局の政治討論番組に呼ばれ、元国会議員としてゲストで招かれていた杉村さん、その他のゲストの方々とディスカッションをする機会を得た。

 

初見での感想は「お、杉村太蔵だ。やっぱりバカなのかなー。」というものだった。アナウンサーや女性芸能人は生の方がテレビで見るよりもずっとキレイだったが、杉村さんはテレビで見る姿と特に変わりはなかった。

しかしながら、収録の時間が進むにつれて杉村さんの人となりや能力の高さにどんどん惹かれていった。ほんの半日くらいだったが、席が隣の時間に色々と話してもらったこともあって、当初とのギャップを差し引いても強烈なインスピレーションを受けたのを覚えている。

 

杉村太蔵さんについて

「おバカな元国会議員」「料亭に行ってみたい」「薄口政治評論家」というような断片でしか知らない人も多いと思うので、自分の知る限り簡単に紹介したい。

〜高校卒業

北海道の旭川で生まれ、テニスに励む日々を過ごす。小学校時代に道内で優勝するも、全国大会で初戦敗退をした経験から全国優勝することを誓い、高校時代に名門柳川高校からのオファーを断り、北海道初の国体で優勝を成し遂げる。

大学入学〜ドイツ銀行での勤務

筑波大学に入学するものの中退。就職に困り、ビルの清掃員のアルバイトをすることに。しかしながら、腐ることなくトイレ掃除を励んでいるとドイツ銀行の人間に目を付けられ、ドイツ銀行に就職することになる。

政界入り〜

自民党が圧勝したこともあり比例代表で当選。当選直後のメディアが喜びそうな発言ばかりが目立ってしまっているが、本人の経験を活かし若者の雇用問題に取り組まれる。その後は一期のみで議員の職を失い、職がないという挫折を経験するも、元国会議員という経歴を活かしてユニークなタレント活動をされている。

 

メディアでは「おいおい」と言いたくなる話題性のある部分にしか触れることはないですが、

  • 学生時代にテニスに打ち込み全国優勝をした、信念を血の滲むような努力で実現する
  • 挫折を前にしても、目の前のことに精一杯に励むことで、チャンスを引き寄せている
  • 世あたりがびっくりするくらい上手(以下のインタビュー記事を参照)

という点で、本当にずば抜けている稀有な人なのだなと感銘を受ける。

 

参考までにいくつかURLを。

プロフィール(杉村太蔵公式ホームページより)

プロフィール(Wikipediaより)

インタビュー(杉村太蔵は薄味でもバカでもなかった!計算高くてこずるいヤツだった!)

 

テレビで共演したときに感じたこと

頭の回転が速い

修羅場を相当くぐり抜けてきた百戦錬磨の人なんだなと思った。

アドリブの討論番組でテーマもなかなか難解だったが、司会者から話を振られたり、発言に突っ込まれたらすぐに答えなければならない。しかも発言を使ってもらうためには目新しさを追い求めつつも、本質を外してはいけない。しかし、杉村さんは本質をしっかりと捉えつつも、その観点は自分になかったな!という回答をしていた。それも自分のキャラクターを踏まえて。

知識が豊富

人に見えないところで情報収集をすごいしているんだと思った。

収録中は多彩なトピックについて話が進む。他のゲストの芸能人は意味不明もしくは当たり障りのないコメントしかできない中で、杉村さんはどのようなテーマが飛んできても、現場でおきていることやファクトを持ち出し、そこに自分の意見を加えて答えていた。引き出しが確かで、多くないと出来ない。

とても雄弁

雄弁でこの人にとって本当に政治家って天職だったんじゃないかと思った。

プレゼンテーションは論理だけで話しても人の感情に響かないし、感覚で話しても疑いを持って聞いてしまうから、論理と感覚のバランスが本当に大事だと思う。杉村さんは論理と感覚が実に絶妙なバランスで、堂々としていて視覚に訴えかけてくるから、生で話を聞くとついつい話に引き込まれ、気づくと納得して自分までその気になってしまう。

周りへの気遣いができる

常に相手がどう思うのかを先読みしながら動くのが習慣になっているんだなと思った。

芸能人ぶることなく、フラットな関係で周りへの気遣いができる人だった。半日の収録ともなると疲れるし、出演者の盛り上がりに欠けるときもある。他のゲストの芸能人は一般の出演者とは交流を持とうとしない中で、杉村さんはテレビ慣れしていない一般の出演者に声掛けをしてくれたり、盛り上がりが欠けてスタッフが動き出そうとするのを感じ取って率先して明るい雰囲気を作ったりしていた。しかも、気を遣っていないように振る舞ってしまうところがすごい。

とにかく男らしい

ああ、この人はめちゃめちゃカッコいい、覚悟の据わったサムライなんだって思った。

こんなに素晴らしい人がこんな売り方をしているのはおかしいと思い、杉村さんに「なんでそんなキャラクターで売ってるんですか?」と聞いてみたら「今の仕事が結構好きだし、家族もあるからね。」と答えてくれた。

自分が首を傾げると、「芸能界もきみが思っているよりも結構楽しいところだし、この世界で生き残って家族を養っていくには自分はこうしたキャラクターで頑張らないといけないからね。」

続けて、「お笑いが面白いのはなんでだと思う?お笑いは次のタームには自分の席がなくなっちゃうかもしれないから、そうならないように死ぬ気で頑張るからなんだよ。競争がなくなったら終わりだよ。」と答えてくれた。

 

最後に

テレビで共演しなかったら絶対に勘違いしていたはずの人間なのに、わずかな時間を共にしただけで、テレビで笑いを取っている杉村さんを目にするたびに、日本は将来の偉大な政治家を失ってしまったかもしれないと思わされます。

やっぱり人って直接会って、直接話さないと分からないもんだと思いました。

最後にご本人はその気はないかもしれないけれど、未来の日本をよくするために、杉村さんにはもう一度立ち上がっていただきたいと思う。できれば政治のフィールドで。

 

医学部編入試験に合格するまで

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格通知が届いてから2週間。忘れないうちに合格までの変遷を簡単に書き留めておきます。

ラッキーな面もありましたが、どの受験生にも通じそうな点がある気がします。

そもそものバックグラウンド

  • 高校時代は理系、大学時代は文系
  • 割と激務でロジカルと呼ばれる会社で働く新卒2年目
  • 英語はそこそこ(インドでのインターン、上海での赴任経験あり)
  • 数学、物理、化学、国語は忘却の彼方
  • 首都圏の医学部がよかった(学外での機会が多い&近い)
  • なるべく早く入学できるのが最大の目標
  • 恵まれたことに私立に行く選択肢があった(なるべく親に迷惑はかけたくないが)

合格までの変遷

情報収集

  • 学士編入、一般受験のどちらにするか
  • 上の2つでは試験の時期、科目、受験者層が大きく異なる(つまり、するべき勉強や開始時期が違う)ため、早期に方針を決定する必要があった
  • ヒアリング(経験者数名、予備校(KALS、メルリックス))

方針の決定

  • 2015年度の一般受験での合格を目指すことに決定
  • 2014年度は私立の編入試験に絞る

2014年度については、準備期間が短いうえに仕事をしながらの準備だったために、受験科目が少ない選択肢を選びました。

2015年度については、一般受験に絞ることに決めました。
というのも学士編入の試験は科目数が少ない(英語+生命科学+α)のは魅力でしたが、科目数が少ないのは当たり外れのある賭けでもあるだけではなく、理系出身者が有利であり、不確実性のあるものだと考えたからです。科目の負担数は多いですが、実力と合否がより相関しそうな一般受験をしようと考えました。

大まかな受験戦略決定

1. 2014年度の私立の編入試験に向けて 

  • 英語+小論文、適性検査、面接など科目負担が少ない大学に絞る
  • 夜遅くまで働くため、毎日出社前に1.5時間ほど勉強することに
  • 1次試験までは英語のみ勉強し、2次対策はそれ以降にすることに(適性検査などはその場の勝負)
  • 受かったら超超超ラッキーというのが本音だった

2. 2015年度の一般入試に向けて

  • 1年で受かれば良いが、2年以上要することも覚悟していた(合格者に聞く感じだと1年で受からないと、結構な時間を要していた)
  • 年が明けたら会社を辞め、勉強に専念する予定だった(1年では不安だったので、2015年夏頃に辞め、1年半の勉強時間を確保することも視野に入れていた)
  • とりあえずは英数理の勉強に絞り、夏の学習状況で国公立を狙うか(国社を勉強するか)をジャッジ 

勉強

  • 毎朝カフェで単語や文法、すきま時間に英語の医療記事1つをざっと読む(7:30〜9:30)
  • 疲れている日は起きれないこともあった
  • 休日も仕事があったり、気分転換したりと勉強漬けではなかった
  • 要約すると働きながらの勉強はかなり大変でした(定時退社の場合は異なってくると思います)

1次試験

  • 試験日程や願書の大変なところは書く余裕がなく、結局1校のみ出願
  • 限られた勉強時間だったため英語は文法は穴だらけ、読解のスピードが遅く、1次通るか微妙な手応えで正直諦めムード

2次対策

  • 志望動機や質問への回答を整理(されそうな質問を洗い出し、「端的」にまとめる作業)
  • ネット、小論文&面接参考書で知識をひたすらインプット。面接はアウトプットなので、インプットするだけではなく、自らの意見を簡単に言語化する作業も行なった。
  • メルリックスの対策講座を受講(実践練習はかなりよかった)
  • 学生と比べるとプレゼン力、論理的に話す力があると感じ、逆転を狙える自信が生まれた

2次試験

  • 面接とプレゼン(直前に課題が与えられ、それについて意見を述べる)
  • 面接は突っ込まれたものの、会社での理詰めに比べたら大したことなかった(就活、社会人経験がないと、しどろもろになると思う)
  • プレゼンは卒なくこなしたが、その後の質問はかなり難しい質問が飛んできた(知識よりも論理性や頭の回転、コミュニケーション能力を見てる気がする)
  • 編入試験は経験も重視しているのか、二次試験が合否に大きな影響を与えそうな感じだった(一般入試の面接は変な人を弾くためだけにやるところも多いと聞く)

結果発表

  • 胃がきりきりしてたけど、厚い封筒が届く
  • 2次試験でかなり稼いだと思われる
という感じでした。

なんとなくの総論

再受験は戦略が大事だと思う

一般入試とは異なり、受験に踏み切る段階で、考えるべきことが沢山あると感じました。

例えば、

  • 学士編入か一般受験か
  • 受験校の選び方(科目が適しているか、文系出身を合格させてるか、再受験生を合格させてるか等)
  • 仕事を辞めるタイミング
  • 学士編入の場合、年に1度ではない受験スケジュールにどうミートさせるか
  • 全科目の全範囲をいかに効率的に学ぶか

などと結構考えておくべきことがあります。

スキルや経験は活かすべきだと思う

編入試験は、学力だけではなく、スキルや経験も点数になる試験だと思います。

そうした前提のもと、自分のスキルや経験を踏まえた受験校選定、アピールがかなり必要だと感じました。

自分の場合は、

  • 大学と会社での海外経験で英語がそこそこある(インドでのインターンと上海への赴任)
  • 大学と会社で論理力&プレゼン力がある(と思っていた)

という点を活かせる受験の方が勝ち目があると判断していましたし、勝ち目がある戦いのほうが自信もモチベーションも湧いてくると感じました。

最後に

個人的に社会人経験をしてから強い意志を持って医学部に入る人が増えるのはよいことだと思っています。
しかしながら、再受験向けの情報が少なく、よく分からず進めるケースも多いと思うので、
  • 再受験に踏み切った転機
  • 学士編入と一般受験の差異やメリット、デメリット
  • 受験戦略の詳細

などは別エントリーで書こうと思いますし、コメント欄でこんなことを聞きたいというコメントをいただければ(ニーズなさそう笑・・・)出来る限り書いていきたいなと思っています。

どうも、はじめまして

どうも、はじめまして。

こいつ誰やねん。

  • 23歳(もうすぐ24歳)
  • おとこ
  • 湘南にある大学を卒業
  • 大学時代はインドにのめり込む
  • とあるIT企業に就職
  • 上海に赴任後、ヘルスケア事業の立ち上げに携わる
  • 人の近くで健康づくりがしたく、働きながら医学部を受験
  • 4月から医学部に編入予定

という感じ。

なんでブログ始めんねん。

  • 医療や日本について思うことを言語化したい(自己満足)
  • 「社会人からの医学部キャリア」について情報が少なすぎる

と思ったから。

ブログでなに書くねん。

  • 医学部への再受験
  • 社会人経験を経ての医学部生活
  • 医療問題&日本について

また、前に学生をやってたときの経験で、何かを発信し続けると何かしら返ってくることが多かったので、気張ることなく色々なことを書き留めていこうと思う。