動き出した象を追いかけて

SFCで学び、DeNAで働き、医学生。

正論について

臨床科目は面白いのですが、診療科ごとにテストがあるのでなかなか気が休まりません。毎月1回は更新すると決めたブログも月末に書くことが多く、テスト勉強に追われてるのでサラッと。。。

 

高校、大学、会社、大学と様々なコミュニティに属していると実にいろんなコミュニティがあります。楽しいコミュニティもあれば、気疲れするコミュニティもあって本当に様々です。

自分の中で楽しいコミュニティは自らのやる気やパフォーマンスも高く、逆に気疲れするコミュニティはやる気も低くパフォーマンスも低いように思えます。

 

この2つのコミュニティの差になんの違いがあるのか考えてみると、「正論を言いやすいかどうか」にあります。

正論を言いやすいコミュニティは変な要素に気を遣わなくてよいですし、論理的に正しいと思うことや感覚的に面白い/良いことをストレートに言えます。そうゆう流れはコミュニティ内でも伝播していき、全員がそう話せて、しがらみなく論理的に正しいことや感覚的に面白いことを受け止めて、前に進んでいく感じが大好きです。

一方で、言いにくいコミュニティはなにか歯車が狂ったような感覚があり、あの疲弊した/腫れ物に触るような/行間を読まなければならない感じが苦手です。みんな変だと感じながらも合理的でない方向に進むことも多いように思えます。

 

この差分について、コミュニティの評価や風土が大事だと言う人もいて、それはその通りだなと思います。正しいことを言う/やることが評価されれば言いやすいでしょう。

でも、それだけでそんなにも上手くいかないだろうと言うのが実際に思うところ/経験したところで、発言や行動が受け止められるか/肯定されるかは、その人の実績、キャラクター、テクニック、役職などに大きく影響されるところもあるように思えます。(フラットを全面に押し出してるDeNAでも、そうゆう点は往々にしてありました)

 

権力や実績があれば違うのかもしれませんが、我々若者にはそんなものはないことが大半なわけで、正直なところ頼りたくないですが、テクニックやキャラクターで有利な状況を作り出したほうがいい状況もたくさんあると思います。

そうしたコミュニティに身を置いた時の個人的なテクニックを(自分のために)備忘録的までに書き残しておきます。

どれを引き出すかはその場の状況次第ですので、引き出しは多ければ多い方がよいかなと思います。(こうゆうこと考えるのも結構疲れますが、誰かに使ってもらってる/使われてるときもたくさんあるはず)

 

  • どんなにとんちんかんな意見でも少しは肯定する→なんやかんやで人は感情的な生き物なので、共感することで自分の意見も聞いてもらいやすくする
  • 議論が脱線した時は「あとで話しましょう」といって戻す
  • なるべく意見を少なくして、本当に必要な時だけ発言する(大きい一撃を)
  • 議論が迷走したときは、フレームとその活用イメージを提示してしまう
  • 議論の中での権力者に多少迎合して、発言を通しやすくする/権力者に押してもらいやすくする
  • あまりにもひどい意見を押し通す人がいる場合は、議論の中でその人の状況を傾ける
  • 議論の前に着地点/利害を擦り合わせておく
  • 自信があるように話す/自信がないように話す
  • 概ね合意してから細かい変更を加えていく
  • 前提や青写真は一致していることを確認して、通したいことをそれと相関があるように伝える/見せる
  • すでに動いてしまっている感じにする/動かしてしまう