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動き出した象を追いかけて

SFCで学び、DeNAで働き、医学生。

大震災と健康はどことなく似ている

無事進級しました。春休みは1ヶ月半ほど経ちましたが、平凡な過ごし方をしており、新しい学期がどことなく近づいている感じです。

今日で東日本大震災から5年が経ちました。

東京の合宿所で、突然大きくて長い揺れを感じ、慌てて机のうえに潜ったこと。テレビで目にした津波が人々の営みを飲み込んでいく光景。
そしてなによりも、地震の3日後にフィンランドからエストニアへ向かうフェリー乗り場で日本人かと聞かれ、Yesと答えた時の哀愁に満ちたドイツ人の表情。今でも鮮明に覚えています。


震災の際は、次起こったときに被害を最小限にしようと防災に関する様々な取り組みが行われたり、個人レベルでも備蓄やリフォームが行った方も多いはずです。

ただ被災された方は決してそうではないと思いますが、一般市民にとってその記憶は徐々に薄れているような気がします。

窮地に立たされているときは「この苦しさを繰り返すものか」「再発防止・予防のためにできることはしよう」と強く思うものですが、喉元過ぎれば熱さを忘れてしまうこともしばしばあります。

熱さを忘れてしまったが故に、次に窮地に立たされたときに後悔する、より被害が甚大になる。それを分かっていても、遠い未来に起こるかもしれないことのために何かを犠牲に出来ない。人間の性です。

こんなことを考えていると、まさに健康に似ていると思わざるを得ませんでした。

将来起こるかもしれないリスクを管理するよりも、近くにある楽しみを優先してしまう人間だからこそ、震災も健康対策も実に難しい。

ウルトラCを模索する動きもありますが、やはりコツコツと地道な啓蒙と予防が大切なんだと思います。

また、震災についても、健康についても、上記を実現するための研究が多く行われていると思います。喉元過ぎれば熱さを忘れるという課題を抱えるものについては、本質が同じような気もするので、相互交流が大切になってくるのではないか、ふとそんなことも思いました。