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動き出した象を追いかけて

SFCで学び、DeNAで働き、医学生。

善意に報われているのは誰か

2ヶ月ほど続いたテストも終わり、ほぼ夏休みになりました。色々と話して気分転換しながらだったので、周りには感謝する前期でした。
来週からは障碍者施設への実習で、戸惑うことも多そうですが楽しみのほうが大きいです。

部活に入ったので、夏休みは東医体までサッカー漬けの日々になりそうですが、後期も乗り越えられるようにエネルギーをチャージしたいと思っています。

学期の初めは同級生に勉強を教わる立場だったのに、少しずつ教えることも多くなってきました。割とお節介な性格なので勝手に教えてたりもしますが、そこで見えてきたことがあるので、今日はそれについて書きます。

他人や社会への貢献が好きで、何かをしているわけではない

「他人に貢献したい」「社会に貢献したい」って単純に素敵なことだなと思います。しかしながら、自分自身のことを振り返ると、他人や社会に貢献したいということにモチベーションの源にあるとは思えず、その言葉を聞くとモヤモヤします。
一方で、精神科の先生の講義が発していた「見返りのない奉仕は存在しない」という言葉もどうもしっくりこないのです。

人が何かの行動を起こす背景には、何かしらのインセンティブが感情に繋がっていると思います。しかしながら、何が自分を突き動かしているのかよくわからないのはちょっと気持ち悪いので、自分の場合はいったい何だろうと考えてみました。

人や社会になにかしてる自分が好きだから、なにかしている

自分の中にモチベーションはあるのだし、行動の結果として報われるのも自分なのだというのが見えてきた答えでした。
どうゆうことかと言うと、人の成績を上げたいから人に教えるのではなくて、人に教えてる自分が好きだったり、自分が教えたことが影響して人の成績が上がって嬉しい自分が好きなのだと思います。

社会貢献を前面に押しても、自分の喜びを前面に押しても、結局は社会貢献に変わりはないように思えますが、「○○のために」みたいにモチベーションの源泉が周りにあることってどこかで疲れちゃって長続きしないような気がしているので、自分のモチベーションがどこにあるのか知っておくことはとても大切だと思います。