動き出した象を追いかけて

SFCで学び、DeNAで働き、医学生。

普通コンプレックス

普通に生きることって幸せなことなのだけど、普通であることにコンプレックスを感じるときがある。

その「普通コンプレックス」が反動に繋がることについて考えてみる。
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コンプレックスがパワーに変わるとき

自分の人生を振り返ると、普通であることにコンプレックスを感じていたのは特に高校時代と大学時代初期な気がする。
 
高校時代。中学受験で中高一貫の男子校に入り、ぬくぬく育った自分は自らの意志がないまま無難に人生を歩んでいるように思えた。
そこそこの将来は歩めそうなんだけど、なにか普通すぎておかしい、このままでいいのだろうか、そんなことを思っていた。
だけど、周りもそうだったからコンプレックスに思えたことが表出しなかったこともあり、特に何かすることはなかった。
コンプレックスがアクションを起こすパワーに変わるタイミングは、コンプレックスが表出するかが案外大事かもしれない。
 
大学入学。志望した大学の理工学部に引っかからず、ちょっと変わった大学に進学した。
大学に入ると、女の子はたくさんいるわ、起業してる同級生はいるわ、自分のやりたいことが明確な人もたくさんいて、とてつもないカルチャーショックを受けた。
「ぬくぬく温室で育ってきて、やっぱり普通すぎる。こりゃ埋もれてしまう。」と強く思ったし、なによりも普通であることが表出しちゃう環境だったから、普通じゃないことをしよう、埋もれないようにしようという反動がきた。
 
とにかく普通じゃないことであればなんでもよかったし、普通じゃないことがとにかくカッコよく思えた。
変なところに行けばなにか変わると短絡的な考えで、自分は初めての夏休みにインドに行き、見事にハマり、大学時代の多くをインドに費やした。
スラムで働いたり、インド全土の日本語教育機関や日系企業を回ったりと色々な経験ができて、タフになったし、生き方に関する価値観も幾分か変わったように思える。
 

コンプレックスは全然ネガティヴなことじゃない

コンプレックスってネガティヴなイメージがつきまとうけど、現状を変えたい、今のステータスを正当化できるような状況に好転させたいと思っているわけだから、相当なエネルギーに繋がるとても大事な感情なんだと思う。
だけど、相当なエネルギーだからこそ、ネガティヴなパワーではなくてポジティヴなパワーにしたほうがよいし、その向けどころには気をつけなきゃいけないのかもしれない。