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動き出した象を追いかけて

SFCで学び、DeNAで働き、医学生。

どこもかしこも人手不足

テストも終わり、しばらくの春休みになりました。

WELQ問題が起きてから、量産型のキュレーションメディアでない医療メディア(日○メディカルとか)が「我々は彼らとは違う」風の発言をしています。確かに悪質性は「低い」と思いますが、書いてることが間違ってるだろうと思うこともあります。

今回の件は悪質性に加え、正確性の低さも問題となったわけで、悪質性が低かろうと正確でないのであれば問題であると認識すべきだと思っています。

 

前置きは置いといて、自分はよく外食をするほうなのですが、最近感じるのは「人手不足」です。飲食店は全てとは言いませんが人手が足りてないところが実に多いように感じます。

最近不満を覚えることが多いので、1人の客の感想として(、不満のぶつけどころとして)、言いたいことと具体的な経験をお店の名前付きで述べたいです。

 

この記事で言いたいこと

1. やっぱり不況なのでは

数年前と比較して、飲食店の人手不足は明らかに進んでいる気がします。人を減らすという手段が容易なコストカットですが、火の車な状況が浮かび上がってきます。

 

2. 明らかに人手不足を感じる店はリピーターしたくない

特にウエイターさんがいるお店で人手不足だと、こちらも落ち着かないですし、イライラが募ります。食にストレスを覚えるのは嫌なので、その店への足は遠のきます。コストを減らしたいが故の人手不足のケースは、リターンも減らしているように思います。

 

3. 近くの系列店に人出の多さで勝てるのではないか

隣駅の系列店が人手不足でサービスが悪いなら、その隣駅の系列店が人手を確保していて、サービスがいいならそっちに行きます。

 

4. スキルの大切さ

鬼のように働いている飲食店の方々を傍らに、バイト募集の広告を目にします。高いとは言えない時給で、専門的なスキルを持って、稼げることはとても大切な事だと感じました。

 

自分が経験した具体例

いきなりステーキ

休日の昼時でお店はほぼ満員なのに、フロア担当のウエイターさんは2名のみ。1人はレジに張り付きのため、なかなかオーダーに来ないし、忙しすぎてオーダーミスも多い。

「いい肉を安く提供する」という趣旨の店なので多少ラフなサービスは許容しているものの、さすがに目に余るものがありました。

中でも酷いなと感じたのが、焼いた肉が放置されていたことで、運ばれてきた際には指定した焼き加減ではありませんでした。そもそも「レア」をお勧めしているのは、焼き時間が少ない(&運ぶまでに時間が経って大丈夫)というビジネス上な理由に思えます。

 

デニー

平日の21時ごろ。そんなに客はいないだろうとの見込みで調理場とフロント合わせて2人シフトだったようですが、思った以上に客がいたのかてんやわんやでした。しかも1名は研修中であたふたでした。

呼んでもなかなか来ない、オーダーしたものもなかなか出てこなかったりと食事を始めるまでの道のりは長く、気が気でなかったので、余程のことがない限り行くのを避けようと思います。

最近はお客さんが減ってきていたように思えるので、コストのためとはいえ、コストを減らしたら、それによって質が下がり、リターンも減る悪循環に陥っているように思えます。

 

ガスト

都内でのライブ前に行った満席のガスト。フロアの店員は3名だったのですが、2名のやる気は明らかに低く、1名が孤軍奮闘といった状況でした。

単なる人手不足ではないのですがら人頭は揃っているのに、マネージャーがダメなのか、採用がダメなのか、教育がダメなのかわかりませんが、サービスの質がどうこうよりも、1人に任せてかまけているバイトが目につく状況は到底気持ちのよい状況ではありません。

 

ここに挙げたのは兎にも角にも一例ですが、食べるというのは1日の中でも結構な楽しみです。飲食店のコストカットによる(単に人が集まらない所もあると思いますが)低質なサービスのせいで食事がつまらなくなるのは、お金を払って受けるサービスとは思えませんし、数多くの選択肢がある中でリピートしようとは到底思えないですがら。

コストカット→サービスの質低下→リターンの低下が起こっているならば、安直にギリギリ以下の人頭でサービスを運営するビジネスはどうなのかなと思いますし、全体がそうなったときこそ、人がいて、サービスがしっかりしているところに惹かれる消費者が多くなるようにも思います。

2016年から2017年へ

進級において大きなウエイトを占めるテストもひと段落して、テストに追われた10.11月とは一変、年末年始はのんびりと過ごせそうです。

f:id:Ryo_India:20161229091307j:image(ほったらかし温泉近くから撮影)

このどうしようもないブログを初めて2年経ちますが、2年続いてることに驚いています。ある程度の数読んでくださる方がいたり、たまに万単位でPVが跳ね上がったりするのも続いているモチベーションですが、「毎月一本」「書きたいことを書く」というハードルの低さが功を奏しているようにも思えます。

 

ニーズに応えることを書くことも大事ですが、気分転換かつアウトプットが目的なので、今後も書きたいことを書くという方針は変えないようにしたいと思います。今の勉強も将来の仕事も確かな答えを求められるので、そうでない思考回路も持っていたいです。

 

そんな流れで2016年の振り返りと2017年への緩い意気込みを記していきたいと思います。完全なる自己満足ですが、日付が変わるまで働いた社会人時代から医学部に入って2年でどんな変化があったのかちょっと楽しみです。

 

2016年の振り返り

感情をうまく扱えなかった

一言で言えば、感情を抑えるときは抑える、出すときは出すということがシンプルかつ素直に出来なかったような気がします。

求められるスキルセットうんぬんではなく、大人になる過程で感情を扱えるようになることが必要だと思います。確かにキレイごとを言ってしまえば「自分らしく振る舞え」という意見もあると思うのですが、周りの人が過ごしやすい(=間接的に自分も過ごしやすい)ことや世間と向き合っていく上では大事に思えます。

その反面で、どれだけ大人になっても、空気が読めなくても自分を出すときはとことん出していきたいというのは譲りたくありません。常になにがしかを頭の中で考え、腹の探り合いをしてしまう自分にとって、この両立がしばらくの課題です。

 

程度を知った

今接しているものについて、このくらいやれば&このくらいでやれば、こんな結果が出るだろうというのをだいぶ算段できるようになった気がします。人間の気力や体力は無尽蔵ではないので、燃え尽きないためにも程度を知れたことは良かったです。

例えばテストであれば合格点を取るための肌感、作業であれば期日とクオリティを担保するための肌感が挙げられますが、ある程度追い込んでも届かなそうだとなかなかに残念な気持ちにもなります。

ただひとつ、人間関係に程度を知るということは今も、これからもなさそうです。

 

フットワークが重くなった

地理的、時間的なこともあると思いますが、フットワークが重くなったように思えます。

大なり小なりの機会に飛び込むハードルが高くなっていたり、その意欲が落ちているような気がします。それと同時に、とりあえず機会に飛び込んでみるというよりも、その選別が自分の中で出来始めたようにも思います。

 

2017年に向けて

感情をうまく扱う

2016年の反省です。

 

フットワークをやや軽めに

一気に軽くなる感じも、それがベストにも思えないので、少しだけ軽くしたいです。

 

毎日ひとつだけ多く

医学を除くと成長角度はかなり落ちたように思えます。何か長期的なことに取り組むマラソン的なものは苦手で、短期的な追い込む短距離的なものの方が向いているタイプなので、日々やることを終えたら、毎日少しの時間で良いので何かひとつ多くやるというのを日課にしたいと思います。続く気はしませんw

 

目標設定もなければ、現状分析や課題特定は極めて適当で数年前ならフルボッコな振り返りと意気込みですが、やっぱり気楽が1番です。

医療キュレーションメディアについて

ここ数日、DeNAの医療キュレーションメディアが大きな批判を浴びています。DeNAを卒業して、医学の道を進んでいる身としては複雑な心情です。

https://twitter.com/welq_pr/status/802082119552004096

 

身内も多いだけに意見を述べるのは憚られますが、急増している医療キュレーションメディアについて思うことが多々あります。記事やサイトの内容レベルでしか議論されないことが多いですが、少し構造的なものに踏み込んで所感を綴りたいと思います。

 

本件の論点整理

SNSで拡散している記事はこのあたりです。

 

これらの批判記事の内容には正しいであろうことも多い反面で、語弊を招く悪質な内容(DeNAの業績など)も含まれていて、フェアな目で見ることが必要だと思います。

 

これらの記事の主な論点は「記事の内容を恣意的に転用しているのではないか」「記事の内容が誤っているのではないか」「倫理的におかしいSEO対策などを行っているのではないか」という批判がメインであり、読む限りではある程度納得出来るものだと感じました。

 

その反面で、これらの記事は事実を(若干曲解しながら)ピックアップして批判しているに留まり、構造的な背景や問題には述べられていません。批判で留まる限りは物事は何も前に進みませんので、少しこの問題を前に進めたいと思います。

 

医学生としての所感

医学部で学んでいて思うのは、健康や病気について語るのにはかなりの勉強を要するということです。素人がちょっと調べたくらいで到底語れるものではなく、素人が自ら執筆することは勿論、情報を収集して切り貼りするのさえもかなり困難なことです。

 

医学部に入る前はよく風邪を引くなと思った時は原因を探るべく「風邪 繰り返す」などと検索していましたし、多くの方もこうしたワードを検索しているかと思います。

「風邪か」と思うかもしれませんが、風邪様の症状を挙げろと言われても軽症から重症なものまでたくさんあり、かなりの勉強が必要です。しかしながら、世の中には「風邪かもしれないときに〜〜」といった記事で溢れています。

 

医療を語ること

健康や病気は「生命に関わる」「誰しもが不安を抱く」トピックであり、ファッションなどの他のキュレーションメディアとは大きく異なる点です。

 

医療や健康について誰が何を語るのも自由ですが、サービスとして行う以上は「わかりやすさ」「面白さ」などを求める以前に、まず「正しさ」が追求されるべきです。間違った情報を記事にしているのは嘘を広めているのと同じですし、間違った医療情報は生命を奪いかねません。

逆に言えば、「生命に関わる」「誰しもが不安を抱く」ことだからキャッチーな文言や不安を煽る文言に人々は踊らされ、サイトへの集客がしやすいように思えます。

 

医療とビジネス

医療はコストが大きいけど、リターンも大きいから成り立っているものですが、本件についてはそうでない点が綻びを生む最大の理由だと思います。

 医療とビジネスというと嫌悪感を表す方が多いですが、病院経営も創薬もこうしたキュレーションサイトも、価値の対価を貰っている以上はビジネスと考えられるはずです。

 

ビジネスはコストを抑え、リターンを大きくするのが前提です。しかしながらコストを抑えすぎて、質に綻びが出れば消費者は離れていき、リターンは少なくなっていくものです。(ネットの場合はSEO対策などすれば、低質なコンテンツも検索にヒットしてしまう特徴はあります)

つまり、リターンとコストの差額が最大となるように、リターンの値を設定するとともに、コストを調整するこのバランスがビジネスの肝となっているはずです。

 

医療は情報の非対称性が騒がれますが、医療者の情報は専門的で、それが故にコストが高い。さらに専門的な資源は一般的にリターンは大きい(ユーザーが支払うコストは高い)はずで、医療行為でも創薬でも医療機器でもコストは多くかかるけれど、リターンが大きいから成り立っています。

 

医療キュレーションサイトの特性

しかしながら、医療キュレーションサイトではユーザーは無料で見れるわけで、リターンは主に広告。他サイトより広告単価は高いとは思えないため、リターンは一般的なキュレーションサイトと同じくらいかと推測できます。

その反面で、書かれているはずの知識には専門性が必要で本来であればコストは高いことから、リターンとコストの差額が少なくなることが予測できます。

 

こうした課題を解決するためには、専門家を介さないことなどで質が落ちるであろうコストの抑え方をするか、よりキャッチーな見せ方で集客を増やすなどでリターンを大きくするのが辿り着く答えなのではないかと思います。

他のトピックであれば質が落ちようがケバケバしい見せ方でも良いと思うのですが、医療に限っては超えてはいけないラインがあるはずで、今回に限ってはそこを下回ったと感じた人が多かったのではないかと思います。

 

最後に

個人的には医療キュレーションサイトなんてなくて良く、しっかりとした医療サイト(病院、学会、家庭の医学など)で分かりやすいページへの疾患や病態別のリンク集があれば十分だし、よっぽど有用だと思っています。

とはいえ、ビジネスになり得る分野である以上、医療キュレーションサイトの出現は拒めるものではありませんし、出現した以上はまともなサイトが発展して、ダメなサイトは淘汰されれば良いと思います。

 

自分は仕事が全然出来ずに迷惑をかけっ放してでしたが、DeNAで働いていて感じたのは、ここまで社員は優秀で、ビジネスに対して実直で、社内政治や階層がなく合理的な組織は日本でも稀有だということです。

医療キュレーションサイト問題はどこかで炎上すると予測できた中で、今回はDeNAのサービスに問題があり火を噴いたわけですが、DeNAだからこそこの難しい領域において良質で健全なサービスを提供できると思いますし、そうなることを医療界にいるOBとして強く望みます。

 

というわけでテスト勉強に励みます。

 

どんな医者に診てもらいたいか考えて医学生生活を送る

自分が患者なら、「知識がある」「手技が上手い」「人間性に秀でている」医者に診てもらいたい。これが本音です。

 

医学部で勉強していると本当に色んな学生がいます。

四六時中勉強している学生、部活や課外活動に取り組みつつそこそこの成績を収める学生、授業も出ずに追試でギリギリ受かっていく学生と本当に様々です。

 

医学部は本試験で満点を取ろうと、再試験で合格点ギリギリを取ろうと、合格してしまえば進級して、国家試験に通れば、やがて医者になります。そして、一度医者になってしまえば、どんなにダメであろうと衰えようと医者です。

 医者は資格職であり、資格はベースラインを担保することが最大の目的だと思うので、そこにとやかく言うつもりはありません。(制度的には頑張った学生が特別報われることもありません)

 

加えて、医療が特殊だと言える点が

  • 生命に介入する点
  • なのに、情報の非対称性が高い点

です。

 

患者さんは医師を選ぶことが出来ませんし、選べても十分な情報ではないと思います。真面目な医者かもしれないし、必要最低限だけやればいいという医者かもしれない。能力が高い医者かもしれないし、そうでないかもしれないです。患者さんはそれが分からない相手に身を委ねるわけです。

 

医療は一般的なビジネスの世界とは違って競争原理が働かないからこそ、医療を提供する側の自助的な努力によって質が担保されたり、引きあがるのが現状だと思います。

こうしたことを鑑みて、安全を保ちながらも質や効率性が向上していく制度が大事であると思うとともに、一個人としても「知識がある」「手技が上手い」「人間性に秀でている」医者に近づけるよう、ギリギリで通ることを目標とせずに、医学生生活を送りたいと改めて思うのでした。

 

 

 

 

世襲がダメなんてナンセンスすぎる

夏休みでなまった頭をリハビリ中ですがなかなか戻りません。とは言え、追い込める頭になってもなかなかしんどいものです。

 

今日は世襲について考えたいと思います。

巷では政治家をはじめとして世襲はダメだと揶揄されますし、その風潮が高まっているように感じますが、自分は世襲を肯定します。

 

世襲を反対する人の意見

世襲が多く見られるのは政治家、会社社長、院長、歌舞伎役者などが代表的な例でしょうか。割と社会的・経済的に恵まれたポストに多いように思えます。

 

反対する人の意見としては、以下の意見が主です。

  • 地位は競争によって決められるべき
  • 社会性が高い組織が権力の温床になってはならない

 

確かに分かります。会社の社長や病院の院長がポンコツであれば株主や患者、従業員などが困りますし、世襲した社長や院長がポンコツなことは往々にしてあります。

しかし、世襲でなくてもポンコツな社長や院長は大勢いるわけで、世襲とそれ以外でポンコツ産生割合に大きな差はないようにも思えます。

 

また、政治であれば選挙で通る人が決まりますし、会社や病院、歌舞伎は利益や集客で組織の存続が決まるわけで、それらは多少なりともポンコツを排除するパワーとして働くはずです。

ついでに言ってしまえば、国会や一般企業で明らかにまともでない人が、組織のしがらみや悪しき文化でのし上がることもあるので、「世襲だから、ほげほげ」というのは無理があるように思います。

 

個人的には、反対派の意見は持たざる者が持つ者に覚える嫉妬から来るものなのではないかと、感じることすらあります。

 

世襲を肯定する理由

いくつか理由はありますが、世襲を肯定する主な理由は以下の通りです。

  • 原体験からキャリア選択への覚悟を決められること
  • 幼い頃からセンスを鍛えられる環境にいること
  • リソースを有していること

 

政治の世界に準えて、上述の理由を説明したいと思います。

政治家の親を持つ子供が政治家になるということは、街中で親のポスターに落書きがされていたり、親がひたすら頭を下げる姿を見ていたのにも関わらず、親と同じ道を選ぶということです。ただ政治をやりたいという覚悟ではなくて、嫌な部分も見てきている分、大きな覚悟が要ると思います。

その反面、幼い頃から親の働きぶりを見ていることで人付き合い・立ち振る舞いなどのセンスが鍛えられますし、政界に入ってからも親が築いてきた人脈などのリソースがあることは大きなメリットです。どんなに頭が切れる人物でも、現実的には人や組織を動かせなければ、何も変えられません。

 

院長や社長でも激務で重責なのを間近で見ており、継ぐのには覚悟があるはずです。

また、経営者である親の様々な側面を見て育つことや従業員には幼少期から接点があったり、親の築いたリソースがあるはずで、これらは物事を動かす上でメリットになると思います。

 

トヨタ自動車世襲制でないものの、現社長をはじめ豊田家出身の人間がトップに就くことがあります。

幹部からは「豊田家の人間はやはり違う」といったニュアンスの言葉が出るほどで、やっぱり世襲が優れている点があるのではないかと思います。

 

感性も大切に

世襲のメリット・デメリットは論理的に表現できないから良くない。としてしまうのはやはり勿体無い気がします。

 

今の世の中、目まぐるしく様々な動きがあり、全てをほぼリアルタイムで言語化・数値化するのは難しいと思います。

そうなった際に、言語化・数値化しないと先に進まないのではなくて、時には感性が大事になってくるのではないかと思います。

 

もちろんバランスが大事だと思いますが、って最後の方は全部感性で書き進めてしまった。