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動き出した象を追いかけて

SFCで学び、DeNAで働き、医学生。

医療キュレーションメディアについて

ここ数日、DeNAの医療キュレーションメディアが大きな批判を浴びています。DeNAを卒業して、医学の道を進んでいる身としては複雑な心情です。

https://twitter.com/welq_pr/status/802082119552004096

 

身内も多いだけに意見を述べるのは憚られますが、急増している医療キュレーションメディアについて思うことが多々あります。記事やサイトの内容レベルでしか議論されないことが多いですが、少し構造的なものに踏み込んで所感を綴りたいと思います。

 

本件の論点整理

SNSで拡散している記事はこのあたりです。

 

これらの批判記事の内容には正しいであろうことも多い反面で、語弊を招く悪質な内容(DeNAの業績など)も含まれていて、フェアな目で見ることが必要だと思います。

 

これらの記事の主な論点は「記事の内容を恣意的に転用しているのではないか」「記事の内容が誤っているのではないか」「倫理的におかしいSEO対策などを行っているのではないか」という批判がメインであり、読む限りではある程度納得出来るものだと感じました。

 

その反面で、これらの記事は事実を(若干曲解しながら)ピックアップして批判しているに留まり、構造的な背景や問題には述べられていません。批判で留まる限りは物事は何も前に進みませんので、少しこの問題を前に進めたいと思います。

 

医学生としての所感

医学部で学んでいて思うのは、健康や病気について語るのにはかなりの勉強を要するということです。素人がちょっと調べたくらいで到底語れるものではなく、素人が自ら執筆することは勿論、情報を収集して切り貼りするのさえもかなり困難なことです。

 

医学部に入る前はよく風邪を引くなと思った時は原因を探るべく「風邪 繰り返す」などと検索していましたし、多くの方もこうしたワードを検索しているかと思います。

「風邪か」と思うかもしれませんが、風邪様の症状を挙げろと言われても軽症から重症なものまでたくさんあり、かなりの勉強が必要です。しかしながら、世の中には「風邪かもしれないときに〜〜」といった記事で溢れています。

 

医療を語ること

健康や病気は「生命に関わる」「誰しもが不安を抱く」トピックであり、ファッションなどの他のキュレーションメディアとは大きく異なる点です。

 

医療や健康について誰が何を語るのも自由ですが、サービスとして行う以上は「わかりやすさ」「面白さ」などを求める以前に、まず「正しさ」が追求されるべきです。間違った情報を記事にしているのは嘘を広めているのと同じですし、間違った医療情報は生命を奪いかねません。

逆に言えば、「生命に関わる」「誰しもが不安を抱く」ことだからキャッチーな文言や不安を煽る文言に人々は踊らされ、サイトへの集客がしやすいように思えます。

 

医療とビジネス

医療はコストが大きいけど、リターンも大きいから成り立っているものですが、本件についてはそうでない点が綻びを生む最大の理由だと思います。

 医療とビジネスというと嫌悪感を表す方が多いですが、病院経営も創薬もこうしたキュレーションサイトも、価値の対価を貰っている以上はビジネスと考えられるはずです。

 

ビジネスはコストを抑え、リターンを大きくするのが前提です。しかしながらコストを抑えすぎて、質に綻びが出れば消費者は離れていき、リターンは少なくなっていくものです。(ネットの場合はSEO対策などすれば、低質なコンテンツも検索にヒットしてしまう特徴はあります)

つまり、リターンとコストの差額が最大となるように、リターンの値を設定するとともに、コストを調整するこのバランスがビジネスの肝となっているはずです。

 

医療は情報の非対称性が騒がれますが、医療者の情報は専門的で、それが故にコストが高い。さらに専門的な資源は一般的にリターンは大きい(ユーザーが支払うコストは高い)はずで、医療行為でも創薬でも医療機器でもコストは多くかかるけれど、リターンが大きいから成り立っています。

 

医療キュレーションサイトの特性

しかしながら、医療キュレーションサイトではユーザーは無料で見れるわけで、リターンは主に広告。他サイトより広告単価は高いとは思えないため、リターンは一般的なキュレーションサイトと同じくらいかと推測できます。

その反面で、書かれているはずの知識には専門性が必要で本来であればコストは高いことから、リターンとコストの差額が少なくなることが予測できます。

 

こうした課題を解決するためには、専門家を介さないことなどで質が落ちるであろうコストの抑え方をするか、よりキャッチーな見せ方で集客を増やすなどでリターンを大きくするのが辿り着く答えなのではないかと思います。

他のトピックであれば質が落ちようがケバケバしい見せ方でも良いと思うのですが、医療に限っては超えてはいけないラインがあるはずで、今回に限ってはそこを下回ったと感じた人が多かったのではないかと思います。

 

最後に

個人的には医療キュレーションサイトなんてなくて良く、しっかりとした医療サイト(病院、学会、家庭の医学など)で分かりやすいページへの疾患や病態別のリンク集があれば十分だし、よっぽど有用だと思っています。

とはいえ、ビジネスになり得る分野である以上、医療キュレーションサイトの出現は拒めるものではありませんし、出現した以上はまともなサイトが発展して、ダメなサイトは淘汰されれば良いと思います。

 

自分は仕事が全然出来ずに迷惑をかけっ放してでしたが、DeNAで働いていて感じたのは、ここまで社員は優秀で、ビジネスに対して実直で、社内政治や階層がなく合理的な組織は日本でも稀有だということです。

医療キュレーションサイト問題はどこかで炎上すると予測できた中で、今回はDeNAのサービスに問題があり火を噴いたわけですが、DeNAだからこそこの難しい領域において良質で健全なサービスを提供できると思いますし、そうなることを医療界にいるOBとして強く望みます。

 

というわけでテスト勉強に励みます。

 

どんな医者に診てもらいたいか考えて医学生生活を送る

自分が患者なら、「知識がある」「手技が上手い」「人間性に秀でている」医者に診てもらいたい。これが本音です。

 

医学部で勉強していると本当に色んな学生がいます。

四六時中勉強している学生、部活や課外活動に取り組みつつそこそこの成績を収める学生、授業も出ずに追試でギリギリ受かっていく学生と本当に様々です。

 

医学部は本試験で満点を取ろうと、再試験で合格点ギリギリを取ろうと、合格してしまえば進級して、国家試験に通れば、やがて医者になります。そして、一度医者になってしまえば、どんなにダメであろうと衰えようと医者です。

 医者は資格職であり、資格はベースラインを担保することが最大の目的だと思うので、そこにとやかく言うつもりはありません。(制度的には頑張った学生が特別報われることもありません)

 

加えて、医療が特殊だと言える点が

  • 生命に介入する点
  • なのに、情報の非対称性が高い点

です。

 

患者さんは医師を選ぶことが出来ませんし、選べても十分な情報ではないと思います。真面目な医者かもしれないし、必要最低限だけやればいいという医者かもしれない。能力が高い医者かもしれないし、そうでないかもしれないです。患者さんはそれが分からない相手に身を委ねるわけです。

 

医療は一般的なビジネスの世界とは違って競争原理が働かないからこそ、医療を提供する側の自助的な努力によって質が担保されたり、引きあがるのが現状だと思います。

こうしたことを鑑みて、安全を保ちながらも質や効率性が向上していく制度が大事であると思うとともに、一個人としても「知識がある」「手技が上手い」「人間性に秀でている」医者に近づけるよう、ギリギリで通ることを目標とせずに、医学生生活を送りたいと改めて思うのでした。

 

 

 

 

世襲がダメなんてナンセンスすぎる

夏休みでなまった頭をリハビリ中ですがなかなか戻りません。とは言え、追い込める頭になってもなかなかしんどいものです。

 

今日は世襲について考えたいと思います。

巷では政治家をはじめとして世襲はダメだと揶揄されますし、その風潮が高まっているように感じますが、自分は世襲を肯定します。

 

世襲を反対する人の意見

世襲が多く見られるのは政治家、会社社長、院長、歌舞伎役者などが代表的な例でしょうか。割と社会的・経済的に恵まれたポストに多いように思えます。

 

反対する人の意見としては、以下の意見が主です。

  • 地位は競争によって決められるべき
  • 社会性が高い組織が権力の温床になってはならない

 

確かに分かります。会社の社長や病院の院長がポンコツであれば株主や患者、従業員などが困りますし、世襲した社長や院長がポンコツなことは往々にしてあります。

しかし、世襲でなくてもポンコツな社長や院長は大勢いるわけで、世襲とそれ以外でポンコツ産生割合に大きな差はないようにも思えます。

 

また、政治であれば選挙で通る人が決まりますし、会社や病院、歌舞伎は利益や集客で組織の存続が決まるわけで、それらは多少なりともポンコツを排除するパワーとして働くはずです。

ついでに言ってしまえば、国会や一般企業で明らかにまともでない人が、組織のしがらみや悪しき文化でのし上がることもあるので、「世襲だから、ほげほげ」というのは無理があるように思います。

 

個人的には、反対派の意見は持たざる者が持つ者に覚える嫉妬から来るものなのではないかと、感じることすらあります。

 

世襲を肯定する理由

いくつか理由はありますが、世襲を肯定する主な理由は以下の通りです。

  • 原体験からキャリア選択への覚悟を決められること
  • 幼い頃からセンスを鍛えられる環境にいること
  • リソースを有していること

 

政治の世界に準えて、上述の理由を説明したいと思います。

政治家の親を持つ子供が政治家になるということは、街中で親のポスターに落書きがされていたり、親がひたすら頭を下げる姿を見ていたのにも関わらず、親と同じ道を選ぶということです。ただ政治をやりたいという覚悟ではなくて、嫌な部分も見てきている分、大きな覚悟が要ると思います。

その反面、幼い頃から親の働きぶりを見ていることで人付き合い・立ち振る舞いなどのセンスが鍛えられますし、政界に入ってからも親が築いてきた人脈などのリソースがあることは大きなメリットです。どんなに頭が切れる人物でも、現実的には人や組織を動かせなければ、何も変えられません。

 

院長や社長でも激務で重責なのを間近で見ており、継ぐのには覚悟があるはずです。

また、経営者である親の様々な側面を見て育つことや従業員には幼少期から接点があったり、親の築いたリソースがあるはずで、これらは物事を動かす上でメリットになると思います。

 

トヨタ自動車世襲制でないものの、現社長をはじめ豊田家出身の人間がトップに就くことがあります。

幹部からは「豊田家の人間はやはり違う」といったニュアンスの言葉が出るほどで、やっぱり世襲が優れている点があるのではないかと思います。

 

感性も大切に

世襲のメリット・デメリットは論理的に表現できないから良くない。としてしまうのはやはり勿体無い気がします。

 

今の世の中、目まぐるしく様々な動きがあり、全てをほぼリアルタイムで言語化・数値化するのは難しいと思います。

そうなった際に、言語化・数値化しないと先に進まないのではなくて、時には感性が大事になってくるのではないかと思います。

 

もちろんバランスが大事だと思いますが、って最後の方は全部感性で書き進めてしまった。

基礎医学をしっかり学ぶ理由

東医体が終わり、夏休みは暇で仕方ありません。次の休みはもっと早くから予定を立てようと思います。 

 今日は基礎医学を自分がしっかり学ぼうと思った理由とその背景について書きたいと思います。

 

基礎医学とは何か

基礎医学とは、臨床医学の基礎とされる生化学・生理学・解剖学・感染症学・病理学・薬理学などを示します。

基礎医学を学んで初めに思ったのは、思い描いていた医学とは全然違って面白くないということでした。というのも、病気の名前、その症状や治療についてはほとんど学ぶことなく、

  • グルコースがエネルギーになるまでの代謝経路がどうなっているか(自分の大学では細かい基質、酵素まで覚えました)
  • 腎臓のどこで何の分子がどれほど吸収・分泌されるか
  • 細菌、ウイルス、寄生虫のひとつひとつがどんな形状でどんな特徴を持つか
  • 肝臓(組織)は細胞レベルで見るとどうなっているのか

といったことを学びます。

量が膨大で、理解も難しく、臨床との結びつきが見えないことをひたすら学ぶので、医師を志した理由を見失うこともしばしばあります。(例年挫折する人も一定数いますし、とりあえず医学部に入ったという人はなかなか大変だと思います)

 

とはいえ、基礎医学臨床医学の理解・暗記を促すもので、身体の構造・関係性を把握する上では欠かせないので、意義が分かったり、理解が深まってくると面白さを感じなくもありません。

 

ある先生の一言

自分が基礎医学をしっかりと学ぼうと思った背景には、ある先生の一言がありました。

 「アメリカの学生は日本の学生と比べると違って、基礎医学を学んだ直後に実習するから、診断過程が論理的なんだよね」

 

日米の医学部の実習開始時期のレベルが分からないので、先生の一言が正しいのかは正直分かりません。

ただ日本の学生は臨床医学を学んでから実習をする反面、アメリカの学生は臨床医学にはあまり触れず、基礎医学の知識がメインで実習に臨むそうです。

 

臨床医学の知識があったほうが良さそうに思えますが、アメリカの学生は臨床の知識が少ないために、「この部位がこうなっているから、ここが障害されてる可能性があり、ここにも影響が広がる可能性があり、治療はここに介入しうる」という繋がりを考えます。

 

つまり、この数値が異常だからこの病気という暗記的な診断ではなく、身体の構造や生理に基づいてクイズを解いていく感覚で、後から治療法や薬剤の名前を覚えていくという形です。

 明らかに暗記ベースよりも、理解ベースのほうが楽しそうですし、柔軟性も高いはずで、ここは基礎医学で重点的に鍛えるべきポイントだと思いました。

 

ともあれ、

  • 今学んでいることが実用化するイメージ、将来役に立っているイメージを持つこと
  • 時に暗記も大切だが、柔軟性の高い理解を大切にすること

を心がけて、医学生の間もその先も、学んでいきたいと思うのでした。

労働生産性の低さについて思うこと

先日、厚生労働大臣である塩崎さんの講演を聞いてきました。とにかく理路整然としていて、力強いお話でした。内閣改造後もポスト留任であってほしいところです。

 

割とクローズドな会ということもあり、日本の保健・医療・福祉について大臣からどんな言葉が語られる興味があって参加したのですが、厚労省は厚生省と労働省が合併しただけに守備範囲が広く、労働や雇用についても多く語られました。(オフレコで、とのことなので、差し当りのない範囲で書いていきます)

 

労働や雇用については目新しいことも多かったとともに、医療とは切り離せない点も多いと感じました。

特に気になったのが、日本の労働生産性の低さについてです。諸外国との比較でもその低さは際立っていましたが、これについて思うことを述べていきたいと思います。

 

労働生産性の低さに対するイメージ

「日本は労働生産性が低い」と聞きますが、

  • メリハリのない長時間労働が良くない
  • 旧態以前の日本風な組織体制が良くない
  • 比較的安定した雇用体系が良くない

といったような論調が聞かれますが、それらを改善したところで生産性が大きく上がるイメージは持てません。

 

2年間の社会人生活などを通して感じるのは、そもそも価値や意味を生み出すことのない仕事、それにしがみつく惰性な人間が多すぎるのではないかということです。

 

例えば、業界レベルでも流通では何重にもわたるプレイヤーが存在しますし、個人レベルでも企業で手足を動かさずに権力だけ握って浮遊している人間が多すぎます。

そもそも価値を生み出していないので、無意味なコストを発生させているだけで、どれだけ生産性を高めようと、ゼロはゼロなのだと思います。

 

なので、すべきことは新陳代謝を高めることです。価値や意味のない業界・企業・個人は保護されることなく淘汰され、新しい業界・企業・個人がスタートし、国内外で競争力があれば、残り、拡大していく社会こそが必要なのだと思います。

 

保健・医療・福祉との結びつき

医療問題との結びつきについては、財源確保の側面が最も強いと感じました。

 

医療の今後についてはアウトカムの測定、データを活用した医療提供、保健や予防医療への投資といった点を推し進めようとしていることは明確でした。

しかし、最も危惧しなければならない団塊世代後期高齢者である75歳を超える2025年にどう医療資源を確保し、配分していくのかという点について、明確な言及はありませんでした。

あったとすれば、経済を強くすることで社会保障財源を厚くする、重症化予防による医療費削減といった程度で、医療がどう立ち向かうかはもちろん、各家庭にも差し迫る高齢化にどう立ち向かうかという点についての思考は途中段階、もしくは明確な打ち手がない状況なのだと思いました。

 

こうしたことからも、医療財源をしっかりと確保することが、対処療法ではありますが現段階での最大の打ち手であり、減りゆく人口において労働生産性を高め、経済を強くすることが国を維持するには必要不可欠なのだとつくづく痛感しました。