動き出した象を追いかけて

SFCで学び、DeNAで働き、医学生。

ジレンマの中に生きる

「ああ、ジレンマの中に生きているのだな」と感じることが多くあります。

 

例えば、働き方。

医学部に入る前に、IT企業で働いていた頃によく考えることがありました。ITという目まぐるしい環境で生き残るため、活躍するためには、鬼のように研鑽していく必要があるけれど、そんなに追い込んでばかりではどこかでガタが来てしまうはずで、そのバランスをどう取るのか。

 

例えば、生き方。

性格柄、悲観的に考えて行動することが多いので、少しは楽観的でいないと疲れてしまうけれど、楽観的ばかりではそれもなんか違う。。。

 

他にも人間関係、キャリアなど多くのジレンマにしばしばあります。

 

どちらかに振り切れたらなと思うこともあるのですが、ジレンマの中に生きるのはそんなに悪いことではないような気がしています。

というのはおおよそ対極にあるものに挟まれることが多くて、それはつまりそのトピックを両方の面から捉えられている証拠にも思えるからです。

ただ、ジレンマに挟まれていても、座標のどこかに身を置いて「進んで」みて、環境や心境が変われば、座標をまた変えて「進んで」みるのは大切なのかもしれません。

本質的な価値を生み出してる人々へのリスペクト

街中を歩いてると、営業マンらしき人がなんて多いのかと思わされます。特に夏なんかは皆さんスーツで大変そうだなとしみじみ。

完全に私見であることを冒頭に断りつつ、営業・広報のように物事を広める人、経理・総務のようなバックオフィスが日本には多すぎるんじゃないの?、やたらと権力ありすぎるんじゃないの?と個人的に思うので、その話を。

 

「作る」以外はコスト

「物事を作る」「広げて、お金を得る」「そのために効率的かつ効果的に組織を動かす」「その過程で生まれる作業を効率的に処理する」どれも必要なのだと思うのですが、本質的な価値を生み出すのは「物事を作る」だけなんじゃないかって思います。

見方を変えれば「物事を作る」以外はコストであって、それ以外が重くなればなるほど、次の「物事を作る」ことへの投資が少なくなったり、ユーザーが価値を手に入れるに多くのお金がかかってしまうわけです。(といいつつ、オペレーション業務を責任感を持って厭わず、アイデア豊かに行う人は本当に尊敬します)

 

例えば、組織の中で営業マンは物を売るのが役割です。お金を引っ張ってくる役割で、組織の稼ぎ頭的な認識をされたり、偉そうな顔をしている方も多い印象ですが、営業マンの存在は価値あるものを販売するためのコストって見方ももっとしたほうがいいんじゃないかと思うわけです。

 

本質以外が大事ってすごい非合理

たった2年ですが会社で働いていた経験からすると、話を盛り上げられたり、飲みの付き合いがよい人間は重宝されますし、仕事上のコミュニケーションも上手く回るんだなって思うことがよくありました。

ロジカルを売りにしている前職でさえもそうなのだから、もっとそれが大事になってくる組織は想像を絶するほどあるのだと思います。もちろんコミュニケーション能力はもちろん大事なスキルのはずです。

 

確かに人間は論理だけで動くものでないですし、感情に左右される面もあるとは思うのです。

それでも、内部調整や付き合いが良いだけでより大きな仕事を任せられたり、本質的な価値を持たない営業や広報が過度に評価されるのはやはりおかしいように思います。内部評価が妥当でない組織が正しい方向で成長しないように思えますし、コストを評価する組織が成長するとは思えないからです。

 

国の青写真を描く上で

日本は人口動態も大きく変わり、広大な土地もなければ、豊富な資源があるわけではありません。新興国が勃興する世界の中で、客観的に日本がどうゆう立ち位置にいるのか判断しかねる部分もあります。

しかし、日本が今のところ優位なのは技術であることは間違いないと思います。(ホスピタリティもそうなのかもしれません。でも国家の青写真を述べる上で国を支える経済力にならないものを出すのは違和感です。)

 

売る人でも、広げる人でもなく、青写真を描く上での国の強みになっていくのは技術であり、新たな技術が生み出されるところを社会的にも経済的にも尊重し、妥当な評価を与えていくのが大切なのだと思います。

今の日本は本質的な価値を生み出さない人が、権力にぶら下がって、権力を保持/誇示するための非本質に奔走しているように思えてしまいます。政治家も何かを作るわけじゃない、投資家も何かを生み出すわけじゃない、価値を作る人をもっと認めていくべきでしょう。

 

自分が組織を回していく立場になることがあれば、本質的な価値を生み出す人たちを大切にして、本質的な価値を生み出す評価/取り組み/その支援を行うというのがひとつの軸にしていきたいなと思うのでした。

 

正論について

臨床科目は面白いのですが、診療科ごとにテストがあるのでなかなか気が休まりません。毎月1回は更新すると決めたブログも月末に書くことが多く、テスト勉強に追われてるのでサラッと。。。

 

高校、大学、会社、大学と様々なコミュニティに属していると実にいろんなコミュニティがあります。楽しいコミュニティもあれば、気疲れするコミュニティもあって本当に様々です。

自分の中で楽しいコミュニティは自らのやる気やパフォーマンスも高く、逆に気疲れするコミュニティはやる気も低くパフォーマンスも低いように思えます。

 

この2つのコミュニティの差になんの違いがあるのか考えてみると、「正論を言いやすいかどうか」にあります。

正論を言いやすいコミュニティは変な要素に気を遣わなくてよいですし、論理的に正しいと思うことや感覚的に面白い/良いことをストレートに言えます。そうゆう流れはコミュニティ内でも伝播していき、全員がそう話せて、しがらみなく論理的に正しいことや感覚的に面白いことを受け止めて、前に進んでいく感じが大好きです。

一方で、言いにくいコミュニティはなにか歯車が狂ったような感覚があり、あの疲弊した/腫れ物に触るような/行間を読まなければならない感じが苦手です。みんな変だと感じながらも合理的でない方向に進むことも多いように思えます。

 

この差分について、コミュニティの評価や風土が大事だと言う人もいて、それはその通りだなと思います。正しいことを言う/やることが評価されれば言いやすいでしょう。

でも、それだけでそんなにも上手くいかないだろうと言うのが実際に思うところ/経験したところで、発言や行動が受け止められるか/肯定されるかは、その人の実績、キャラクター、テクニック、役職などに大きく影響されるところもあるように思えます。(フラットを全面に押し出してるDeNAでも、そうゆう点は往々にしてありました)

 

権力や実績があれば違うのかもしれませんが、我々若者にはそんなものはないことが大半なわけで、正直なところ頼りたくないですが、テクニックやキャラクターで有利な状況を作り出したほうがいい状況もたくさんあると思います。

そうしたコミュニティに身を置いた時の個人的なテクニックを(自分のために)備忘録的までに書き残しておきます。

どれを引き出すかはその場の状況次第ですので、引き出しは多ければ多い方がよいかなと思います。(こうゆうこと考えるのも結構疲れますが、誰かに使ってもらってる/使われてるときもたくさんあるはず)

 

  • どんなにとんちんかんな意見でも少しは肯定する→なんやかんやで人は感情的な生き物なので、共感することで自分の意見も聞いてもらいやすくする
  • 議論が脱線した時は「あとで話しましょう」といって戻す
  • なるべく意見を少なくして、本当に必要な時だけ発言する(大きい一撃を)
  • 議論が迷走したときは、フレームとその活用イメージを提示してしまう
  • 議論の中での権力者に多少迎合して、発言を通しやすくする/権力者に押してもらいやすくする
  • あまりにもひどい意見を押し通す人がいる場合は、議論の中でその人の状況を傾ける
  • 議論の前に着地点/利害を擦り合わせておく
  • 自信があるように話す/自信がないように話す
  • 概ね合意してから細かい変更を加えていく
  • 前提や青写真は一致していることを確認して、通したいことをそれと相関があるように伝える/見せる
  • すでに動いてしまっている感じにする/動かしてしまう

今の野党・メディアは国賊かもしれない

新学期が始まりました。朝から晩まで臨床科目の座学ですが、症例検討や実習に向けて力を蓄えるべくぼちぼち頑張ります。

 f:id:Ryo_India:20170327104246j:image

100兆円よりも8億円

最近はテレビをつけると森友学園の問題だらけ。もはや出口が見えない問題で、メディアが自分たちが発掘したくだらない事柄や野党の揚げ足取りを自らの都合が良いように切り貼りしている報道が延々と流れています。

日本のこれからを考える100兆円の使い道ではなく、政敵にダメージを与えるために8億円の議論を一生懸命しているなんて、メディアと民意の低さに辟易とします。

恵まれたことに大した不自由もなく生活していますが、客観的に日本の将来を考えると不安な気持ちになってきます。予算編成における国債の発行量、借金の額、高齢化や人口減少、他国の産業の伸びを見ていると恐ろしさすら覚えます。個人レベルでリスク回避をするなら専門的なスキルと英語を身に付けるのが良いのでしょうか。

 

 1人の若者として思うこと

自分はバブルが弾けてから生まれ、日本が横ばいの時代を生きてきました。景気が良くない、就職が厳しいといったネガティヴな話が聞こえてくる方が多かったです。日本の外に出ると日本の豊かさに気付く反面で、新興国の伸びている空気に羨ましさを覚えました。

これからの日本がどう変わっていくべきなのか考えたときに、難しい話ではなく誰にでも分かることがあるように思えます。少子化の流れを食い止めること、産業構造を転換していくこと、保健・医療・福祉を持続可能にすること、外交上の安定を手に入れること、日本を取り巻く環境が変わる中でどんな国になっていくのか新たに思考すること等は多くの人が思い浮かぶことだと思います。

 

今の政権だから出来る可能性があること

失われた20〜30年間で↑で述べたものに対して、成果が見える取り組みが出来なかったのか。その理由は政治的な安定がなく、しがらみから脱却できなかったこと、短期的な利益を追い求めざるを得なかったことが背景にあるように思えます。そもそも一世代前と比較すると政治主導の時代ではなくなってきてるのかもしれませんが、政治のパワーは絶大だと思います。

今の安倍政権は比較的長期政権で、目立ったライバル政党も存在しません。だからこそ、政敵に勝つことではなく日本のための政治を行い、大きく長期的な改革を打ち出すことが出来るはずで、様々な課題を先延ばしにしてきた日本にとっては数少ないチャンスになり得るのではないかと思います。

だからこそ、政権運営能力が低いのにも関わらず妨害しているだけの野党、追い風を吹かせることなく揚げ足をとるメディアには腹が立ちますし、「国賊」といっても差し支えのない存在だと言えなくもないのだと感じています。

もちろん自民党も仲良しこよし感が否めないところがあるので、良い忖度・悪い忖度を気にする以前に、国のために政治を進めてほしいと思います。

 

質問などへのご対応につきまして

本ブログを始めてから2年以上経ち、おかげさまで毎日数百名の方にご覧いただいています。

自らの経歴として、

  • 社会人を経ての医学部編入
  • 小論文が難しいことで知られる大学卒(SFC)
  • 大手予備校Sで経年で小論文対策講義を担当し、およそ7割の学生が志望校に合格
  • 社会人時代は就活生のアトラクトなども担当

ということもあり、なるべく上記で得た見地を還元しようという所存です。

ブログ内外から質問や相談をいただくことも多々あります。基本的には気兼ねなく質問や協力要請をいただいて構わないのですが、負んぶに抱っこだったり、ただ利用する感じの強い方もいらっしゃるので、タイプ別にスタンスを記させていただきます。

時期によってはすぐにお答えできないこともありますが、志ある方のご質問には出来る限りのお力添えをしたいと考えております。

 

受験戦略について

特に再受験、学士編入は受験戦略をいかに立てるかがとても大事ですが、そのための情報が明らかに不足しています。

現段階では、情報はKALSの説明会で補うのが一番無難だと感じていますが、周囲に同じ道を選んだ人が少ないことも多く、情報を得た後にいかに戦略を組み立てるかは結構苦労&間違えるところです。

受験生の年齢・経歴・勉強の状況・開始時期・志望する大学の地理やレベルなどによって、受験戦略が大きく異なってくるからで、どこまで参考になるか分かりませんが、この点を議論させていただくのは出来るかと思います。

面接対策について

対策法と実践練習がお受けできると思います。

対策法については、以下の記事で述べましたが、面接は自らの考えを述べる必要があり、求められた解答を導く筆記試験と異なることから苦労する方も多いように思く、そのご相談に乗れるかと思います。

医学部の面接対策で大切だと思うこと - 動き出した象を追いかけて

実践練習について、面接官とは年齢も風格も大きく劣ってしまいますが、フィードバックを細かく丁寧に行っていくことが大切だと思っています。話し方はどうかといった点に限らず、話におけるロジックの組み立て方や思考が至っていないポイントについてフィードバックし、改善に繋げていくというのは案外難しいことです。

小論文

対策法や書き方がお受けできると思います。

小論文は自らの受験生かつ指導する立場での経験からも、書いた気になって点数がついてこないことがとても多いです。

それが故に、第三者の視点からフィードバックを得ること、雛形となる考え方や書き方を学ぶことがとても大切だと思います。

医学部の小論文といえど、医療系のテーマのみならず、社会一般のテーマが出題されることもあるので、そちらについても対応しておくと精神的な余裕が出るかもしれません。

最後に

質問はブログのコメント欄(その場合はご返信先も)、もしくはroxette1771(アットマーク)gmail.comまでご連絡ください。

可能な限り、ご質問やご相談にお受けしたいと考えておりますが、繁忙期についてはお受けできないこともあります。

また拘束時間が長めのものや物理的な移動を要するものについては、個別でご相談させていただければと思います。